キャンプ村からのお便り
  九州キャンパ−ズビレッジ
H15年12月13〜14日
阿蘇いこいの村      
入村は午前9時すぎ。ようやく、朝起きたばかりの4台は、キャンプ場がほかのクラブとの供宴になるとの情報で、大津道の駅をそそくさと出発。途中、飲酒運転なる見知らぬおやじが国道57号を阿蘇方面に千鳥足運転。案の定事故を起こし自滅。幸いにも怪我はなかったようだが、その現場をすり抜けながら阿蘇いこいの村に到着。クヌギ林の間を4台がそれぞれに探索。1時間ほどでセッティング。さっそく朝食の準備にかかった。 空は快晴。気分がいい。今日は一人。晴れやかな空だった。ちょっと隣をのぞくとT橋さんが、カントリーをかけている。合う。テンガロハットをかぶり、さあこちらも朝食準備だ。 そうしていたら何と収入役登場。すばらしい。このバランスもなにもあったもんじゃないクラブを何かとまとめようと朝早くからダッシュしてきたらしい。えらい。
 さあて、こちらも朝食準備だ。パゲティとカレーうどん用カレーをつくるのに30分。ほかの準備で30分。えーい時間がかかる。でもインスタントには手を出すまい。それがキャンパーだ。やっと食べようとしていたら、なななんと収入役はインスタントで済ませている。げええ。
すでにI富さんと娘夫婦家族も済ませ
たようだ。もう昼に近いぞ。
そうこうしているとE光さん一家とN山
さんご一家も到着。K川さんも同時
着。どんどん集まってきた。
そうこうしているうちに、I東さん夫婦、
E口さんご一家、村長も見えられた。
これで役者せいぞろいだ。
おおっと、忘れちゃいけん。うちの嫁
が来ていなかった。本当に来るのだろ
うか。
えええい、寒いから風呂にでも入れとばかりに入浴。そしたら妻からпB今向かっているとのことで、そそくさと風呂もすませ、愛するチョイノリ(スズキ製)でお迎え。テント2つをくっつけ防寒対策も万端。I富さんご一家も同じくテントで寒さ知らず。酒もうまく、料理もうまい。6時からみなさん食事と酒が進んだせいか、9時すぎには一人二人と車の中へ。
ふだんの圧迫生活からのがれ、昼間からのんべえだった収入役も、とばりがおりるとやはりさみしいのか、そそくさと車へ。やはりY子さんがいないと元気がでないのだろう。(決してそのようなことはない!収入役)
T橋さん、K川さんもどぼん。次々にどぼんして、残ったのは村長と私だけ。午前零時も回らぬうちから、みなみなともども、ぬくぬくキャンカーで冬の阿蘇を楽しんでいるのだ。
おおっと、もう12時15分だ。嫁も寝ている。おれも寝るとすっか。
まだまだ夜を楽しんでいるみなさん、ではおやすみなさい。


レポ−ト第2部
阿蘇いこいの村は、文字通り阿蘇山ろくのふもとにある公的施設です。テニスコートやゲートボール場、超ミニミニ動物園に、子供用アスレッチックがあります。
今回、おじゃましたのはホテルから直線で300メートルのホテル庭奥のキャンプ場です。トイレが3棟、炊事が3つ。一箇所を除きトイレと炊事場が離れています。ここの最大の特徴は林間ということです。空は十分に望めます。この日も満天の☆でした。風がさえぎられ、寒さが少しはやわらぐ一面も持っています。何しろクヌギなどなどの落葉樹の森ですから、足の踏む音がとても心地よいところなのです。アイガモなのでしょう。20羽が池にすんでいます。冬場でえさを求めてキャンプ場内をうろうろするのです。人になれているのでキャンプの火周囲も平然とうろつき、落葉の下の虫か草を食べていました。子供たちも大人もびっくり。E光さんちの娘さんと「ガァ、ガァ」と言って一緒にアイガモ散歩して楽しんだほどです。村長もE口さんもカメラもって楽しんだようです。動物が身近にくるのは、やはり楽しいもんです。村長もE口さんも顔がやさしくなった場面でした。
こんなゆっくりしたキャンプ場は久しぶりです。フリーサイトで、足場は斜めのところがほとんど。原野をそのままクヌギ林にしたのではないかと思うくらいです。でもこのくらいがいいのです。安全ななかに「自然がいっぱい詰め込んである」などとE光さんも納得した様子でした。E光さん一家にはまたまたお世話になりました。まずはテント。これは本当に助かりました。すべてご主人が建てて、そして片付けて。お手伝いもせずごめんなさいですね。
それに奥様の手料理。これもいつも頭が禿げ、いえいえ頭が下がります。子供たちも適当にこちらを気遣ってもらい、ままたま頭が下がります。
テントといえばN山さんも。これまた奥様の料理とともに、面倒なことをやらない私を含め(灯油つ継ぎ足せとの周囲の声を無視していたところに『私が変わりにしましょう』といって支援してくださいました)本当に全員に目配りしていただき感謝、感謝です。それにしてもだんな様が本当に佐賀の人なのかと思うほどびっくりです。
そうそうキャンプ場のテントでは「佐賀」賢(県)人会総会が開かれました。佐賀から追われた私はじめ、N山さん夫婦、E口さん夫婦、それに外野として私の妻のCと、E光さんらが参加。私もまったくしらない方言「もったいない」という意味の言葉の存在についてを口切に、佐賀の家庭では男尊女卑をも思わせる夫婦関係が存在しているテーマで総会は進みました。しかし、そういったことを主張するのは私とE口さんぐらい。方言や、昔の生活などなど非常に詳しい物知り博士のE光さんちのJちゃんが、「確かにうちの父はそうだったけど、今はそんな家庭はない」「まずは夫が動かないと」などなどと賢人会代表としての指導が下ると、これまたN山さんちの奥様も次々と指示を下しはじめ、それに負けじとE口さんの奥様、くわえて何とわが家まで指示を飛ばすという事態まで発生。佐賀賢人会ならぬ夫の力が「下がっけん人会」でした。
そうそうこうした風潮は、どうもこのクラブの底流にながれる動かしがたいものらしいというのに気づきました。オブザーバー参加していた収入役は「夢の中に出てきた夫たる自分が憎らしいとかなんとか言って蹴飛ばされている。」とぐちるし、村長もいつも奥様がいないと力がないし。I富さんの奥様はご主人を立てていらっしやるが、どうみても強いようだし。
い、いかん。うちの嫁がここ数年、私が何を言おうが知らぬ存ぜぬの呈となっているのは、このクラブに蔓延する、女尊男卑の思想があるためだったのだ。ああー。そういえば、I東さんちも「なんば飲みよんね!」としかられていた。K川さんもそうに違いないぞ。そそくさと夜明けととにご帰宅されたt橋さんもそうかもしれない。
怖くなってきた。みんなの顔が浮かぶ。浮かぶほど怖くなってきたぞ。とりあえず、リポートは中断。メリークリスマス。

追伸。いこいの村の支配人には来年のパーティー相談にのっていただき感謝、感謝でした。


                                                                                            記 クマタツ
           (これは阿蘇いこいの村の現場から書いたレポートでした。