キャンプ村からのお便り
  九州キャンパ−ズビレッジ
H19年10月6〜8日
湯前グリ−ンパレス
      
4ヶ月ぶりのレポートである。このクラブが始まって11年目までは97年の椿ヶ花での例会が台風で中止になった1回だけであったのに、去年、今年だけで併せて3回も中止になってしまった。特に9月は2年連続である。そのうち7〜9月は常に例会が出来なくなる日も近いであろう。
今回の「湯前グリーンパレス」も台風が接近していたが、うまくそれてくれて何とか例会が出来たのは幸運と言わねばならない。
キャンプ場に着くとすでに沓脱さん、稲富さん、隈さんが前日から到着していてた。毎年10月は運動会などで参加者が少ないのであるが今回は他に春山さん、原田さん、富樫さん、田中さん、伊東さん、古瀬さん、庄籠さん、伊井さん、下津浦さん、佐々木さん、久しぶりの岡田さんなど比較的多かったようだ。あっそうだ、そういえば村長を忘れていた。
しかし10月というのに汗ばむ暑さである。
稲富さん曰く
「昨日の夜はぬっかったー(暑かった)。寝られんやった。」
だそうである。
とはいえ日が落ちればさすがに涼しい。
夜はあちこちのお宅にお邪魔してご馳走になる。
田中さんちは海鮮BBQでサザエやエビ、イカに舌づつみをうち、春山さんたちのサイトにお邪魔しては宮崎の有名店のナントカ餃子(名前は失念した)をご馳走になる。
「うめー!」
焼き方も大変上手でパリっと焼けて大変美味しゅうございました。
最後に稲富さんの所にお邪魔すると、下津浦さんが焼酎「佐藤」を持ってきている。
「これはなかなかお目にかかれん物ですね。」
あさましいキャンプ場托鉢の鬼と化した私は各所でご馳走になるのであった。
ここのキャンプ場のいいところはまず
「温泉が隣接している。」
「安い(1台1000円)」
「サイトの中央で焚き火ができる」
というところで久々に皆で焚き火を囲むことが出来た。こうなると私たちが公民館と称するテントも用なしでこちらの方が断然いい!
途中まで空も晴れていて星空もよく見えた。
しかし残念ながら途中から雨がポツリと降り出しお開きとなってしまった。
話は変わるが2001年にこのキャンプ場を利用して以来ほとんど毎年のようにお世話になって来たのだが、そのたびに初代の所長である那須さんからは心からのもてなしを受けてきた。役場の配置換えで違う部署に移られても必ずお見えになって、しし鍋を手配してもらったりした。
あまつさえ一度ここで「村祭り」をしたときなどは現所長ではなく那須さんがバンドやらなにやら手配してもらったものである。
自分の仕事でなくなっても休日返上で私らのためにやってくれたのは、純粋にこの町、この施設で快適に過ごしてもらいたいという奉仕の精神からだと思う。地方行政に携わる者の鏡のような人であった。
その那須さんが役場を辞められたと聞いた。
「もうだいぶんなると思うよ」
と岡田さんや稲富さんから聞く。
「なんで?」
「それはナントカ、カントカ・・・・・。」
その一民間人となった那須さんが「栗拾い」を企画してくれたのである。実は去年ここ「湯前グリーンパレス」を例会場に入れてなかったのであるが(別に他意はない)、どうもそれを気にしてのことみたいで、
「また皆さんに今までのように湯前を気に入ってもらいたいので・・・・」
これを「頭が下がる」と言わずして何と言おう。
湯前町はこの人を辞めさせた事が、町にとって計り知れない損失だという事を思い知らねばならない。
最終日の朝一番キャンプ場から那須さんの自宅まで散歩がてら歩いて向かう。ひとしきり栗をとった後、那須家お手製の「栗の渋皮煮」なるものをご馳走になり、
「このほか蕎麦、玉ねぎ、柚子など季節季節で色んな物が収穫できますので、どうぞ湯前に来られた時はご遠慮なさらず連絡ください。」
言っておくがこれは全て無償奉仕なのである。
最後に帰る間際になりキャンプ場に軽トラックでたくさんのナスやキュウリ、柚子などを持ってきてくださり
「皆さんで分けてください」
再度、感激して頭を下げたのはいうまでもない。
どうも何から何までお世話になりました。

                                                       記 収入役